菜花柚仁「自閉スペクトラム」を楽しんで生きる

仕事をしながら心理学科に通っています。 特に子供の心理や発達について研究をしています。 私自身が自閉スペクトラムと診断されていることもあって、そんな一人一人の特徴や能力を生かした過ごし方を発信していけたらと思っています。

誰1人として欠けてはいけない理由がある

 

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皆さんこんにちは。

 

菜花柚仁です。

 

「生きているだけで良い」という言葉を耳にする事がありますが、自分自身を心からそう思えることって難しいですよね。

 

私は自閉スペクトラムでもあり、妊娠しにくい身体でもあります。

 

人とは違う自分を好きではあるのですが、こんな私を誰かが好きになってくれる事があるのだろうかと、ずっと思ってきました。

 

自己肯定感があるからと言って、人からも受け入れられると思えるかどうかはイコールではありませんでした。

 

自己肯定感があるのにどうして人から受け入れられることにも自信が持てなかったかというと、人生の中でたくさん否定されてきたからです。

 

1番記憶に残っているのは、仕事を始めてからの上司とのやりとりです。

 

今はあの頃より断然元気なので、できることも増えましたが、当時はできない事がたくさんありました。

 

特に足が動かなくなってから少ししてようやく歩けるようになった頃仕事に復帰をした時に、あるイベントでスタッフをしていると、周期的に息が苦しくなり過呼吸になりかけていました。

 

お客さんがいる中で倒れるわけにもいかないので、急いで外に出て呼吸を整えるということを何回か繰り返していたら、上司に呼ばれてかなり怒られました。

 

「突然いなくなるなんて勝手な行動は社会人として非常識だ」ということです。

 

言っている意味はもちろんわかりますが、できないことはできません。

 

でも、その上司の人は人生の中で、一声かける事ができない状況を味わった事がないから、できるはずだと思っているだけにすぎないことを知りました。

 

私は物理的に絶対にできない事がたくさんある中で、常に否定されてきました。

 

だからきっと私をありのままで好きになってくれる人はいないのだろうと思っていました。

 

ただ、不思議なことに自己肯定感はあるので、自分を否定することはありませんでした。

 

多分今まで生きてこられたのも自己肯定感のおかげかなと思っています。

 

その上司の人とは今でも分かり合えてはいないまま、その仕事は辞めることになりました。

 

私と一緒に仕事をすることでこちらも大変だったと最後に言われた時は、本当に悲しかったです。

 

でも、そんな人ばかりでもなく、音大の時のピアノの先生は最終的には理解してくださいました。

 

大学時代から救急車に運ばれたり、頻繁に嘔吐があってレッスンを休んだり、思うように通えない中で、もっと実技の成績を上げるようにという先生のプレッシャーを感じながら過ごしていましたが、その先生は私の能力を買ってくれていたことは知っていました。

 

それでもやっぱり物理的に難しい状況なので、学校に通うだけでも一苦労で、だけど先生の期待に応えたくて、できない自分を不甲斐なくも思いました。

 

卒業してからも先生とは関わりがあり、自分に何が起きていたのかを説明できるようになってから、先生に今までのことをお伝えしたところ、こうおっしゃってくださいました。

 

「よく卒業したわね。よく頑張ったのね。」

 

この言葉で私の大学時代は全て報われました。

 

先生の期待も、重たいものではなく、嬉しいものとして思えるようになりました。

 

そして今、いろいろなことを経験して思った事があります。

 

先生は良い人で、上司は悪い人、でしょうか?

 

先生は必要な人で、上司は必要ない人、でしょうか?

 

私はそうは思いません。

 

人が人として成長する中で、しっかりとした土台のある人間形成のためには、どちらも必要だったと思っています。

 

厳しくプレッシャーを与える人、理不尽な人、理解してくれる人、肯定してくれる人、全てが必要で、その人の役割を担っています。

 

常に肯定してくれる人ばかりが周りにいたからといって、自己肯定感が備わるわけではないのです。

 

否定されて悲しんで悩んで、だけど肯定してくれる人もいて、崩れては立て直し、崩れては立て直し、を繰り返すからこそ、強固な自分を手にする事ができます。

 

私の存在も、誰かにとっては厄介な存在かもしれないけど、誰かにとってはなくてはならない存在かもしれない。

 

そう思えたら、私も含めどんな人も誰1人欠けてはいけない、役割を持って生きているんだなと思えました。

 

たくさんできない事がある私も生きていて良いんだなと思えました。

 

またこれからも私の役割を全うしようと思います。